3丁目のムックル―15番地2号

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赤の女王仮説


赤の女王仮説は、進化に関する仮説の一つ。

敵対的な関係にある種間での進化的軍拡競走と、生殖における有性生殖の利点という2つの異なる現象に関する説明である。


「赤の女王」とはルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する人物で、彼女が作中で発した


「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」


という台詞から、種・個体・遺伝子が生き残るためには進化し続けなければならないことの比喩として用いられている。

- 赤の女王仮説―wikipedia (via u10so2)

あえていうなら、近現代人であってもその行動の多くは呪術的思考に基づいているといえる。

星占いや血液型に影響され、出かけに靴紐が切れれば気にすることは多い。また言霊を禁じることによって目的を果たそうとする、たとえば敗北を口にしない、英語を敵性語として禁じることで戦争に勝とうとしたり、差別語を禁じることで差別をなくそうとすることも呪術的思考である。

ダガーナイフの禁止によって通り魔の再発を防止し、またライターの飛行機内持ち込みを一つのみとしてハイジャックテロを防止しようというのも、何かを禁じるという行為で防止となるという、一般化された行動を合理性を検討せず行うという点で生贄や儀式に類似し呪術的といえる。


さまざまなものを恐怖し、それを特定の対象に対する攻撃にすることも生贄・スケープゴートと同様な構造を持ち、それは近世においては魔女裁判、現代においてもユダヤ人迫害・赤狩り・オウム真理教信者子弟に対する人権侵害・児童性愛者に対する恐怖など多く見られる。
犯罪者の共犯でない家族でも縁談が破談となり、職を失い地域から追われるなど迫害されることも、犯罪の穢れが血縁を通じて感染しているとみなす呪術的思考が深く関わっている。


さらにいえば、美を好む、清潔や安全を過剰に求めるなど正常な心理と病的なこだわりの境界にある情動も、その多くに呪術的思考との共通点がある。

- 呪術的思考―Wikipedia (via u10so2)

呪術的思考とは呪術が効く、という前提で物事を考える思考のことである。
また、何かしら問題・課題がある時に、自己の健全・合理的な努力を欠いたまま、呪術に類似した行動のみによって解決してしまおうという思考も指す。


近年の大きな問題としては、貧困や失業が増大する社会を理性的に解決しようとせず 少年犯罪やニート・フリーターのような社会的弱者や少数派をスケープゴートにして憎悪や不満を向ける行為も呪術的思考と呼べる。

- 呪術的思考―Wikipedia (via u10so2)

もし世界に四つの元素しかないならば、五つの元素はない。
もし一つの太陽しかないならば二つの太陽はない。

同じ魂が同時に死に、かつ不死であることは不可能である。

- – 『アカデミア派論駁』第3巻13章29, K. リーゼンフーバー『西洋古代・中世哲学史』平凡社、2000年、p.206. (via u10so2)

自分が生き、想起し、知解し、意志し、思惟し、知り、判断することを誰が疑おうか。

たとい、疑っても生きており、疑うなら、なぜ疑うのかを記憶しており、疑うなら、自分が疑っていることを知解し、疑うなら、彼は確実であろうと欲しているのだ。

疑うなら、思惟しており、疑うなら、自分が知らないということを知っている。

疑うなら、彼は軽率に同意してはならないと判断しているのだ。

- – アウグスティヌス『三位一体論』第10巻10章, K. リーゼンフーバー『西洋古代・中世哲学史』平凡社、2000年、p.208 (via u10so2)

自由意志

自由意志の問題とは、「理性的な行為者が判断に対するコントロールを行うことができるか否か」という問いである。
様々な哲学上の立場が、あらゆる事象は過去未来にかかわらず、既に決定されているか否か(決定論VS非決定論)について、
また同様に、自由は決定論と共存できるか否か(両立主義VS非両立主義)について意見を違えている。

それゆえに、例えば、固い決定論は、「宇宙は決定論的であり、このことが自由意志を不可能にする」と主張している。

自由意志の問題は「自由と因果との関係、そして自然法則は因果的に決定しているのかどうかという、原理的あるいは本質的な問い」であり、宗教的、倫理的そして科学的原理の絡み合いから成っている。

倫理学においては、自由意志は、個々人は自身の行為に対して道徳的な説明義務を負っているとするが、意志が自分の自由にならないのであれば、意志を原因として発生する行為、さらに結果についても、いかなる責任も問うことはできなくなってしまう。


このように自由意志について考えると、それを認めても、認めなくても思想上不都合な点があぶりだされる事が多い。

自由意志の問題は、哲学的思索が始まって以来、中心的な論点であった。

一方、現代の脳科学の進展によって意志の形成過程が解明されつつあり、もはや自由意志を形而上学上の課題として片付けることは許されない段階に来ている。
科学の領域において自由意志を主張することは、脳と思考を含む身体の動作が物理的な因果律によって完全に規定されているわけではないということとほぼ同等であるが、「物理的な因果律ではない別の何か」とは一体何なのかについて具体的な説明は、現段階では乏しい。

いずれにせよ、道徳を維持しようとする力と、決定論的な科学的思考の二つが対立が顕在化する中で、様々な見方が生まれてきたのである。

- 自由意志―Wikipedia (via u10so2)

ウェルテル効果


マスメディアの自殺報道に影響されて自殺が増える事。

この効果を実証した社会学者のPhilipsにより命名された。
とくに若年層が自殺報道の影響を受けやすい。

なお、実在の人間の自殺のみならずテレビドラマなどのフィクションにおける自殺もウェルテル効果を呼び起こすかどうかについては研究によりまちまちである。

「ウェルテル」効果という名は、若き頃のゲーテの名著『若きウェルテルの悩み』(1774年)に由来する。
物語の中で主人公のウェルテルは最終的に自殺をするが、これに影響された若者達がウェルテルと同じ方法で自殺した事が、数多く報告されている。
なお、これが原因となり、いくつかの国でこの本は発禁処分となった。


これらの現象ではただ後追い自殺をするのではなく、自殺した人間と同じ手法で自殺しているという点が特徴的である。

ウェルテルの時代はウェルテルと同じ格好(褐色の長靴と黄色のベスト、青色のジャケット)で同じ手段(ピストルによる)を用いて自殺をしている。
岡田有希子の時も、岡田本人と同様の手段である飛び降り自殺が増えたと言うべきであろう。
hideの際にも前出の二例と同様の傾向が見られる。

- ウェルテル効果―wikipedia (via u10so2)

「最近の若い子はすぐに“死にたい”って言うのね」と年配の方が仰るので、「“穴があったら入りたい”の現代語訳ですよ」ってお返事差し上げる、という夢の中でのやり取り。

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Twitter / 0時 / ray_ji
2010-02-16 (via yuria, igi) (via hkdmz)

穴があったら入ればいいのに!

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他人の夢とはなぜか気になるものらしい。

夢を見ていた八五郎。
かみさんに起こされ、見ていた夢を質問されるがどんなに考えても思い出せない。
結局《見ていなかった》と申告するが、おかみさんは『寝言を言っていたから夢を見ていたのは間違いない』と言う事をきかない。

そこから「夢を見たんだろ?」「見てないって言っているだろ!」と言い合いになってしまい、かっとなった八五郎はついかみさんに手を上げてしまう。
「殴ったね? 好きに殴りよ、さぁ殺せェ!!」

物凄い騒ぎになってしまい、びっくり仰天した隣の辰公が仲裁しに飛び込んでくる。
何とか八五郎のかみさんをなだめ、喧嘩を治めた辰公。

ところが、今度はこの辰公が『夢の内容』を知りたくなってきた。
また喧嘩になってしまい、今度は表を通りかかった大家に仲裁をしてもらった。

しかし、この大家もまた『夢の内容』を知りたくなってくる。
「大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然」という諺を盾に、何とか『夢の内容』を聞き出そうとする大家だが、見ていない物を説明できるわけがない。
「出て行け、店立てだ!!」「誰が出て行くか!?」「出て行かない? お上に訴えてやる!!」とまた大騒ぎになってしまい、訳も分からぬまま八五郎はお白州へ。

この珍妙な事件に奉行も面食らってしまい、最初は「くだらない事を持ち込むな!!」と八五郎を弁護するが、お裁きを進めるうちにこの奉行もまた『夢の内容』が知りたくなってしまう。
奉行に質問され、また「見ていません」と答えた八五郎。
奉行は怒ってしまい、八五郎は高手小手に縛られ、奉行所の庭にある松の木に吊り下げられてしまった。

「何でこうなるのかな・・・」と考えていると、急に突風が吹いて八五郎の体がふわりと空へ・・・。
着いたところは鞍馬山。

腰をさすりながら、八五郎が顔を上げると何と目の前に天狗が立っていた!
「ど・・・どちら様?」
「鞍馬山僧正坊である」
「何で、私はここに・・・?」
「あんな変な奉行に人は裁けない。だからわしが助けたのだ」


八五郎は大感謝するが、この天狗、話をしているうちに例のごとく『夢の内容』が気になってしまった。
八五郎もとうとうキレてしまい、天狗に向かって「夢なんか見てない!!」と暴言を吐いた。これに怒った天狗が八五郎の首を絞め始める。

「ギャー、助けてぇー!!」


びっくりして目を覚ますとかみさんが横にいる。

『夢だったのか』とほっとする八五郎に、おかみさんが

「どんな夢を見たの?」

- 天狗裁き―Wikipedia (via u10so2)

47 :名無しは無慈悲な夜の女王:2010/12/30(木) 20:47:54 ID:?

1960年代の人は50年後には人類は銀色のスーツ来て宇宙に進出してるだろうと思っていた。
2010年代の俺らは50年後も日本人はこたつでミカン食ってるだろうと思ってる。
未来に対する期待の度合が大きいから昔のSFは面白い。

- 昔のSFは古い - 本読みのスキャット! (via atorioum)